藤川佐智子(ふじかわ さちこ)

 

イベント専門の俳句講師で俳句セラピスト

ソーシャル・アゲージョラボラトリー所長

 NPO法人日本セラピーブリッジ 理事長

 

1997年、某有名飲料企業の俳句コンテストで部門別の大賞を受賞以後同賞で4度の入賞。

この受賞は私の人生を大きく変えてくれました。

それまでの私は、岡山市内で自営業を営む両親のもと、4人きょうだいの長女として生まれる。男児の誕生を心待ちにしていた父。そんな父からは、何度も「お前が男だったら」と言われ続けました。私は、父の期待に応えるべく、低学年の頃から事業の手伝いを始め、男勝りで勝気なボスとして育ちました。少々、口の悪い女の子にもなりました。小6の時、これらの性格が災いし、クラスの女子やクラブのメンバーからの無視が始まりました。1週間くらい続き、ある日突然解除となったきっかけもまた、無視を指示したリーダー格の女子が体調を崩し、その時のボス的姿勢が功を奏した結果でした。同時期、地域のボランティア活動を活発に行っていた父の声掛けで、地域で初めて「子ども主体の夏祭り」が開催されることとなり、父の娘である私もイベントリーダーとして「お化け屋敷」を作り大盛況。この体験は、私の初めてのチームリーダーとしての成功体験となりました。しかし無視をされたという経験はよほどショックだったようで、「言葉で表現をする」ことへの恐怖とコンプレックスを持ち始め、ジレンマを抱え、10代は「読書と日記を書く」という、文字の世界での表現に移行して行きました。

 

そんな中、高校二年の時に俳句好きの担任と出逢い、時々、学活の中で行われた文芸大会で、度々作品が選ばれ褒められたことで、言葉で表現することを取り戻し始める。それから10年後、冒頭の俳句大賞受賞の日を迎えることになります。この受賞により、取材いただいたテレビの視聴者情報番組でのアドリブや、授賞式でのスピーチがウケ、私は、「自分の言葉で表現する世界」を完全に取り戻しました。

 

そしてより心や言葉に向き合いたいと思い、2006年より「かず」と「いろ」「タロット」使いのセラピストとして活動開始。恋愛・結婚・仕事・人間関係・親子問題など…様々な心の葛藤や不安と向き合う中、「自分らしく生きるとは自分の言葉で生きること!」がモットーの相談実績(セッション)は10000回超える。2013年からは俳句セラピストとして講師活動を開始。独特な切り口で俳句を操る語りは「俳人」と言うより「芸人」

俳句の講座でこんな笑い声が聴こえるとは?と主催の方もビックリされています。笑い溢れる内容が、「参加者のココロを一瞬で鷲掴みにする!」と評判となり、「敷居が高い」と言われる俳句のイメージを払拭。経営者様勉強会・結婚相談所会員様向け・社会福祉協議会・文化財団の若者向け講座など、参加者の年齢は22歳~96歳と幅が広く、登壇回数は、1年半で100回を超える。心無い言葉に傷付き、自分の可能性にフタをし、様々なジレンマを抱えてしまった心に「癒しと昇華」を与えています。 

 

  

 更には多種多様の専門家20名を率いているNPO法人の理事長としての想い… 

一男一女の母として、「プロのママになる!」とのスローガンを掲げ日本全国学び旅を10年ほどして来ました。

そして、いくつになっても子どもが可愛くて仕方がない「親バカ」ぶりも継続中です。そんな活動の最中、娘がイジメに遭い、リストカットをしていることを知りました。一緒に眠ったり、海に連れて行ったり、色や自然を感じたり、時には俳句で心を表現したり…しました。時に「自責」に苛まれ、でも声を出して泣く場所の無い私には、お風呂場で顔を湯船につけて泣いた日も一、二度ではありません。ただ、自分自身がセラピストであること、そしてセラピストを知っていること、

何より「学びを続けてきたこと」で、私自身の心を痛めることなく、娘に集中することが出来ました。そんな時に思ったのが・・・「こんな時、ママたちの泣ける場所はあるのかな?」と言うことでした。子育てや生き方、そして社会に対しジレンマをそのままにしないよう、今はまた新たな「子育て支援の場」を模索中です。

 

NPO法人設立のきっかけは、心を痛めた娘の心療内科に予約を入れる時、2~4週間先じゃないと診察してもらえない

と言う状況を知りました。(その時の私が思ったこと「日本の心は大丈夫なのか?」でした)そして心療内科に通い始めて6カ月が過ぎた頃、娘と医師の会話を聴いていて思ったのです。「先生…そろそろセラピストの出番じゃないですか?」

「先生…セラピストって知っていますか?」と…(もちろん口にはしませんでしたよ 笑)

 そこから悶々とした想いで2カ月が過ぎた時、薬局経営者で薬剤師の友人と話すきっかけがありました。彼は「薬を減らしたい薬剤師。その力にセラピストが必要じゃないか?」と考え、私に相談してきたのです。私も娘を通じて感じていたジレンマを彼に話し、私たちは同じ想いを持つ同志を探し始め2016年夏「癒しと根拠が繋がれば日本の心はもっと救われる」をモットーに繋がった多種多様な専門家集団を率いてNPO法人日本セラピーブリッジを設立しました。

私は理事長として、日本の心の健康を支える仕組み作りとして、このNPO法人活動にも力を注いでいます。

(主な活動はホームページにて心の健康情報を発信。現在、モリコロ基金の助成を受け小冊子を平成29年6月にリリース)

 

 私は、私自身の経験と、セラピストとして、俳句の人としてのスキルを通し、ジレンマを生き様に変える専門家として、

一生涯に渡ってアソビゴコロを忘れず、幸せでいられる心づくり、脳づくり、女性づくりをしたいと考えています。

 

そして幸せな女性に育まれた社会は、男性も子どもにも幸せな社会となります。

「一生涯に渡り幸せな女性を増やして支えて社会をアゲること。」私個人の活動として、対女性の方向けに、ソーシャルアゲージョラボラトリーで行っていきます。

 

 

モットーは「~自分らしく生きるとは自分の言葉で生きること~

ミッションは「優しい言葉社会を創造し、心無い言葉に傷付き命を落とす人をなくす!」

 

 

今後のセラピスト・研修講師としての活動の1つに、講座・セミナーを通し、会社のジレンマは「企業内俳句サロン活動」を行うことで、

従業員のメンタルヘルスの向上に役立ち解消していくことの提案を行っていきたいと考えています。

 

人の強みや本質を見抜き団体運営に活かす手腕には定評がある。

 

 

(コミュニティー運営実績〉

広島県下有数のマンモス小学校にて女性初のPTA会長ほか数多くの地域役員を歴任。

一般社団法人セラピスト支援協会東海常任理事にて活動中の2010年~2016年の間に、200名から~300名規模のセラピストイベントをセントレアホールにて2回(2012年と2013年)開催。

一般社団法人日本パーソナルブランド協会主催 セミナー講師の甲子園 セミナーコンテスト名古屋地区において

セミコン名古屋のビッグママとして6年間 コアサポーターとして イベント運営や後任サポーター支援を行う。

ボランティア以外のコミュニティー経験として「ママ塾」を12年間運営し300名のママと関わる。また「組織販売」の実績もあり、2カ月で50名がメンバーとなる組織を作り、代理店育成をサポートした経験もあり、コミュニティー運営などのアドバイスを求められること多数。

  

〈イベント講師実績〉ツヴァイ様、SMBC様、岡崎市福祉協議会様、広島市青少年センター様、なごサポ様、

経営者勉強会「未来(あす)づくり研究所」様、「CIAパーティー」様、ジャパンスタイルフレグランス様、

月一回定期訪問先「住宅型介護施設そんぽの家〈白鳥南、城北〉」様や岡崎市、安城市の施設様にも単発訪問

 『とよかわオープンカレッジ:はじめての全脳俳句』講師

 

〈ライター・コラムニスト・編集実績〉

・個人事業主のホームページのトップのライティングやプロフィールを代筆

・中小企業向けマネジメント会社様でのコンテンツライター業

・一般社団法人会員向けメルマガライター&編集長

・NPO法人ホームページ「心の健康コラム」専門家〈薬剤師・臨床心理士とう〉への執筆企画・編集

・NPO法人助成金事業による小冊子編集長

・スピリチュアル系WEBマガジン俳句心理学コラム担当

・お寺併設の整骨院会員様向けニュースペーパー色彩コラム担当

・色を生業とした方向けのWEBサイトのインタビュアー〈東海地区担当〉など

 

〈カラーセラピスト&かずいろナビゲーター実績〉

生命保険会社様、車のディーラー様、ハウスメーカー様、カフェ、福祉施設など

企業顧客様向けイベント経験豊富(イベントの企画も得意としています)

 

〈受賞実績〉

 「シャワー全開 君を取られてなるものか」で、第八回「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」大賞受賞 他多数

~メディア~

上記大賞受賞が縁で、某人気深夜投稿バラエティ番組〈朝日放送〉に取り上げられる。

PTA会長として某国営放送中国地方スペシャル特番に取り上げられたリ、愛知のケーブルテレビや民放にセラピスト出演

以下、写真のあるものをご紹介します。

角川春樹氏に選句して頂き入選

PTA時代のスペシャル番組DVD

部門別大賞句であり、女優の吉行和子さん一押しの作品として記念句にもなりました♪

数ページに渡り審査員であるお二人が、私の句について対談してくださってます。