藤川佐智子の活動

人生のステージは様々(恋愛・仕事・結婚・育児・介護)時にそのステージがジレンマとなって、人の心に迷いと不安を起こします。どのステージにおいても大事なのが「幸せな心であるためのココロのマネジメント力と、それを表現出来ることば力の2つです。 とは言え、それぞれのステージで愛があるからこそ、自分の力不足と戦い、感情を殺し、不安を抱え一人で頑張っている方も多いと思います。実は私もそうでした。苦しくて24歳の時に実家を飛び出しましたから〈笑〉私は「心にいいこと」をテーマに「俳句心理学×カラーセラピー×対話分析」を使ったカウンセリング・セラピーを使ったオーダーメイドのセッションや講座(セミナー)俳句コンテストイベント企画・運営など、様々な切り口をご用意し、心や言葉の捉え方などをお伝えしています。

 

また、組織販売での実績や、12年間のママ塾運営、PTA会長の経験や、社会起業家(ソーシャルコミュニティリーダー)として、NPO法人を設立し理事長をしている経験、社団の常任理事経験など、様々なリーダーとしての経験も取り入れ、人を支えるセラピストやサロン・企業の「心と対話」のマネジメントを行っています。

 

「自分らしく生きるとは自分の言葉で生きること」「言葉で人と社会を支えて上げること」の使命のもと、心と言葉を着こなし、心地良く生きる術をお伝えし、優しい言葉社会の創造に貢献していきます☆(更に詳しくは代表プロフィールにて) ブログはコチラ→季語は「わたし」愛知発★50代からの人生レシピ!知的で文化的健康生活のススメ『物語俳句』) 

アゲージョとは私の造語で『あげまん女性』の意。屋号のソーシャルアゲージョは(社会を上げる女性達)と言う造語です。


藤川佐智子(ふじかわ さちこ)

こころに良いこと専門家

文芸療法士/「物語俳句普及協会」代表

ソーシャルアゲージョラボラトリー所長

NPO法人日本セラピーブリッジ 理事長

 

大切な自分と家族の心を守るために知っておきたい、暮らしや仕事に活かせる「セルフケア(心にいいこと)」を、自身の体験と心を痛めた娘との関わりから、芸術(表現)療法の俳句や、色彩心理学(カラーセラピー)、数秘術(かずいろ)や、対話分析(対話セラピー)などを使い、気付いてケアする教室の運営。

また、減薬を提案する医師や薬剤師から学べる場の紹介などで、女性の心の傷をケアし、賢くしなやかな本来の輝きを取り戻すをサポートしています。(詳しいプロフィールは続きをどうぞ…)

 

岡山市内で自営業を営む両親のもと、4人きょうだいの長女として生まれる。親・きょうだい・パートナー・知人・親友といった周りが起業家、経営者だらけと言う稀有な環境に育つ。小学校時代は、父の仕事を手伝い集金などをしたり、集金先で商売を営む大人たちの話に首をツッコんだり、愚痴を聞いたりと、「小さい頃からセラピスト」的な役割を持ちそれが現在の仕事のルーツとなる。

 

男児の誕生を心待ちにしていた父。そんな父からは、何度も「お前が男だったら」と言われ続けました。私は、父の期待に応えるべく、低学年の頃から事業の手伝いを始め、男勝りで勝気なボスとして育ちました。「男の子として生まれてくれれば…」との期待に報いるように、少々、口の悪い女の子にもなりました。

小6の時、これらの性格が災いし、クラスの女子やクラブのメンバーからの無視が始まりました。1週間くらい続き、ある日突然解除となったきっかけもまた、無視を指示したリーダー格の女子が体調を崩し、その時のボス的姿勢が功を奏した結果でした。

 

同時期、地域のボランティア活動を活発に行っていた父の声掛けで、地域で初めて「子ども主体の夏祭り」が開催されることとなり、父の娘である私もイベントリーダーとして「お化け屋敷」を作り大盛況。この体験は、私の初めてのチームリーダーとしての成功体験となりました。しかし無視をされたという経験はよほどショックだったようで、「話し言葉で表現をすること」への恐怖はコンプレックスへと変わり、10代は読書と日記という、「文字の言葉の世界での表現」に移行して行きました。

 

そんな中、高校二年の時に俳句好きの担任と出逢い、時々、学活の中で行われた文芸大会で、度々、自分の作品が選ばれ褒められたことで、言葉で表現することへの自信を取り戻し始める。それから10年後の1997年夏、某有名飲料企業の俳句コンテストで部門別の大賞を受賞。この受賞により、取材いただいたテレビの視聴者情報番組でのアドリブや、授賞式でのスピーチがウケ、私は「自分の言葉で表現する世界」を完全に取り戻しました。その後も、同賞で佳作特別賞など4度の入賞を経験する。

 

大賞受賞時、私には1歳になる息子がいました。1歳9カ月後には、娘も生まれました。一男一女の母として、「病院や薬に頼らないプロのママになる!」との思いを持ち、心理学・栄養学・セラピー・脳科学・子育て全般など、日本全国を学ぶ旅を10年ほどして来ました。 学んだことを「子育て中のママにシェアしたい!」「賢いママを育てたい!」との思いから『ママ塾』をスタートさせ、その活動は、広島と愛知で13年間続きました。その間、子どもたちの幼稚園の保護者会の会長や、学校のPTA会長などを務め、環境作りも含め、講師に渡り、真っすぐ子育てと向き合って来ました。

そういった活動をしていると、色んな相談事が増えて来ました。そこで、2006年より「かず」と「いろ」「タロット」使いの、セラピストの学びをし活動開始。占い師として、ショッピングセンターにて鑑定を行う時期も4年間ほどありました。相談内容は、恋愛・結婚・仕事・人間関係・親子問題など…様々です。相談実績(セッション)は10000回超えました。

 

そんな占い師活動の中、「言えるは癒える」に気付き、2013年からは、自ら「趣味」として楽しんでいた俳句にその光を見出し「俳句セラピスト」として講師活動を開始すると「俳句の講座でこんな笑い声が聴こえるとは」と主催の方もビックリの盛況ぶり。独特な切り口で俳句を操る語りは「俳人」と言うより「芸人」と言われ、笑い溢れる内容が「参加者のココロを一瞬で鷲掴みにする!」と評判となり「敷居が高い」と言われる俳句のイメージを払拭。経営者様勉強会・結婚相談所会員様向け・社会福祉協議会・文化財団の若者向け講座など、参加者の年齢は22歳~96歳と幅が広く、講師登壇開始後、1年半で100回を超え人気講師になる。

 

  以上のような経験と、セラピストとして、また俳人(俳句をつくる人)としてのスキルを通し、心ない言葉に傷付き命を落としてしまわない「心に優しい言葉社会」の創造をビジョンに掲げ、「大切な自分と家族の心の健康を支える人を支える活動」をしていきたいと思っています。

  

そんな活動の最中、娘が心無い言葉でのイジメに遭い、自らを責めるように「リストカット」をしていることを知りました。私は、治療を目的とした「薬は使わず」一緒に眠ったり、娘が希望すれば、海に連れて行き、色や自然を感じたり、時には俳句で心を表現したりと「その子に添った癒しによる心のケア」を娘に行いました。娘を責めることはありませんでしたが、時々「自責の念」に苛まれてはいました。声を出して泣く場所の無い私には、お風呂場で顔を湯船につけて泣いた日も、一、二度ではありません。ただ、自分自身がセラピストであること、そして、心を専門とする、セラピストを知っていること、何より「学びを続けてきたこと」が、私自身は心を病むことなく、娘に集中することが出来ました。何を相談するでも無いですが、この繋がりは本当に支えになりました。

 

苦しかった中学を卒業し、何とか、高校に入学した娘でしたが、高校一年の夏、高校に行けなくなりました。そして自らの決断で中退することを決めました。娘の心は…(命も…)ギリギリの状態だったので、私は「ひと足早く卒業ね」と娘の決断を支えました。そして、娘の心の療養のため、広島の夫の実家に娘を預けました。その際、夫の実家と私の実家に初めて娘のことを伝えました。思えば、私が初めて親に甘えた出来事だったかもしれません。あの時、一緒に泣いてくれた双方の母には、今でも感謝しています。

 

そして、この一連の流れの中で私が思ったのが「こんな時、ママたちの泣ける場所はあるのかな?」と言うことでした。何より、私がPTA会長をしていた頃の子供たちが、社会に入っていく時期になり、「あの子たちの未来を支えたい!」「支える人の心と言葉を支えたい!」「ママ塾」を始めた時とは違う新たな「子育て支援の場」を模索し始めていました。

 

【NPO法人設立のきっかけ】心を痛めた娘の心療内科に予約を入れる時、2~4週間先じゃないと診察してもらえない。と言う状況を知りました。(その時の私が思ったこと「日本の心は大丈夫なのか?」でした)そして心療内科に通い始めて、その待合室で見る親御さんの顔の悲痛さに胸が痛みました。そして、通院開始、6カ月が過ぎた頃、娘と医師の会話を聴いていて思いが溢れました。

 

「先生…そろそろセラピストの出番じゃないですか?」「先生…セラピストって知っていますか?」と…(もちろん口にはしませんでしたよ 笑) そこから悶々とした想いで2カ月が過ぎた時、薬局経営者で薬剤師の友人と話すきっかけがありました。彼は「薬を減らしたい薬剤師。その力にセラピストが必要じゃないか?」と考え、私に相談してきたのです。私も娘を通じて感じていたジレンマを彼に話し、私たちは同じ想いを持つ同志を探し始め

2016年夏「癒しと根拠が繋がれば日本の心はもっと救われる」をモットーに繋がった、多種多様な専門家集団を率いて、NPO法人日本セラピーブリッジを設立しました。

 

私は理事長として、日本の心の健康を支える仕組み作りとして、このNPO法人活動にも力を注いでいます。

(主な活動はホームページにて心の健康情報を発信。現在、モリコロ基金の助成を受け小冊子を平成29年6月にリリース) 精神科医を始め、医療従事者や当事者、ご家族の方、セラピストなど、多方面の方に支持されるものになりました。コミュニティペーパーでの月一連載や、在宅クリニック様でのニュースレター作りなども行い、活動の広がりを感じられています。「心は薬では癒せない!」この想いを胸に、この活動が広がることを願ってやみません。

 

モットーは「~自分らしく生きるとは自分の言葉で生きること~」

ミッションは「優しい言葉社会を創造し、心無い言葉に傷付き命を落とす人をなくす!」

 

 今後はセラピスト・研修講師としての活動の1つに、講座・セミナーを通し「企業内俳句サロン活動」を提案し従業員のメンタルヘルスの向上や人材育成に役立つ俳句活用の提案を行っていきたいと考えています。

 

心と身体を守るのは、薬でもなく医者でもなく「自分自身だ」という意識づけ、自分をセルフケアする、自分で自分を癒す(セルフセラピー)そんな土壌づくり。また「セラピーが健康予防の1つの選択肢となる社会の実現」を、個人活動や法人活動を通して広げていきたいと思います。 

 

~その他の販売促進・実務的な活動を紹介~

〈イベント企画・運営/コミュニティー実績〉

広島県下有数のマンモス小学校にて女性初のPTA会長ほか数多くの地域役員を歴任。

一般社団法人セラピスト支援協会東海常任理事にて活動中の2010年~2016年の間に、200名から~300名規模のセラピストイベントをセントレアホールにて2回(2012年と2013年)開催。

 

一般社団法人日本パーソナルブランド協会主催 セミナー講師の甲子園 セミナーコンテスト名古屋地区において「セミコン名古屋のビッグママ」として6年間、コアサポーター【福リーダー)として、イベント運営や後任サポーター支援を行う。

 

ボランティア以外のコミュニティー経験として「ママ塾」を12年間運営し300名のママと関わる。また「組織販売」の実績もあり、2カ月で50名がメンバーとなる組織を作り、代理店育成をサポートした経験もあり、コミュニティー運営などのアドバイスを求められること多数。

  

〈講師実績〉ツヴァイ様、SMBC栄パーク様、(株)ミズノ様、オリーブ在宅クリニック様、ジャパンスタイルフレグランス様、岡崎市社会福祉協議会様、広島市青少年センター様、なごサポ様、経営者勉強会「未来(あす)づくり研究所」様、「CIAパーティー」様、他

月一回定期訪問先「住宅型介護施設そんぽの家〈白鳥南、城北〉」様や岡崎市、安城市の施設様にも単発訪問。愛知県内にてカルチャーセンター講師(豊川(俳句講座担当)・知立(色彩心理学講座担当)

 

〈ライター・コラムニスト・編集実績〉

・個人事業主のホームページのトップのライティングやプロフィールを代筆

・中小企業向けマネジメント会社様でのコンテンツライター&メルマガライター

・一般社団法人会員向けメルマガライター&編集長

・NPO法人ホームページ「心の健康コラム」専門家〈薬剤師・臨床心理士〉等への執筆企画・編集

・NPO法人助成金事業による小冊子編集長

・スピリチュアル系WEBマガジン俳句心理学コラム担当

・お寺併設の整骨院会員様向けニュースペーパー色彩コラム担当

・色を生業とした方向けのWEBサイトのインタビュアー〈東海地区担当〉

・個人向け「肩書」や「キャッチフレーズ」「事業の切り口」のサポートには定評あり

 

〈カラーセラピスト&かずいろナビゲーターとしての実績〉

生命保険会社様〈2企業〉車のディーラー様、ハウスメーカー様、カフェ、福祉施設様、企業顧客様向けイベント企画なども含め経験豊富(プレイヤーの限らずイベントの企画・運営にも関わる)

 

〈受賞実績〉

 「シャワー全開 君を取られてなるものか」で、第八回「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」大賞受賞 他多数

 

〈メディア実績〉

上記大賞受賞が縁で、某人気深夜投稿バラエティ番組〈朝日放送〉に取り上げられる。

PTA会長として某国営放送中国地方スペシャル特番に取り上げられたリ、愛知のケーブルテレビや民放にセラピスト出演

 

以下、写真のあるものを一部ご紹介します。

角川春樹氏に選句して頂き入選

PTA時代のスペシャル番組DVD

部門別大賞句であり、女優の吉行和子さん一押しの作品として記念句にもなりました♪

数ページに渡り審査員であるお二人が、私の句について対談してくださってます。